第37期12回研究会 「中京テレビドキュメンタリー『がらくた』から考える性暴力と報道」(ジャーナリズム研究・教育部会企画)

「中京テレビドキュメンタリー『がらくた』から考える性暴力と報道」

日時:2021年4月11日(日曜日)午後7:30-9:00

開催場所:Zoom開催(詳細は参加申込者に後日連絡)

司会:東京大学大学院 情報学環 林香里

登壇者:

中京テレビ報道部記者 ・番組ディレクター 森葉月       

中京テレビ報道部 番組プロデューサー 横尾亮太               

ジャーナリスト(元朝日新聞) 河原理子 

趣旨:

『がらくた〜性虐待、信じてくれますか〜』が話題になっています。長年にわたり、父親から性虐待をうけていたという30歳の女性、なみさんが、記憶と感覚のフラッシュバックに苦しみ続け、記憶を上書きする行為を続ける姿がそのままに映像化、放送されており、「生身の人物の内面を描くギリギリの局面まで届く迫力がある衝撃作」として、2020年度日本放送連盟賞のテレビ・グランプリを受賞しました。

本研究会では、これまでタブー視されることが多く、また映像化が困難とされた性暴力について問題提起したこの番組を、参加者の皆様に事前にご覧いただきます。そして研究会当日には、番組を制作した中京テレビ報道局記者 森葉月さんとプロデューサー 横尾亮太さんにその経緯についてお伺いした後、長年にわたり性暴力の問題に取り組み、被害を記事にし続けてこられたジャーナリストの河原理子さんのコメントとともに、性暴力報道の課題、そして報道をめぐる送り手の規範や意識変化、視聴者側あるいは被害者が置かれている社会構造などについて、参加者のみなさんとともに議論し、理解を深めたいと思います。 

なお、この研究会は映像提供の都合、学会員限定とさせていただきます。

参加希望の方は、1)お名前  2)ご所属 3)メールアドレス(できましたら学会登録のアドレス)をご記入の上、小川明子(a-ogawa@i.nagoya-u.ac.jp) 宛にメールでお申し込みください。お申し込みいただいた方には後日アドレスをお知らせいたします。

開催記録

記録執筆者:小川明子(名古屋大学)

参加者: 27名(Zoom利用)

報告:
2020年度日本民間放送連盟賞グランプリを受賞した中京テレビ『がらくた〜性虐待、信じてくれますか』は、長年、実父による性虐待に苦しみ続けてきた「なみさん」に寄り添い、性虐待被害の記憶に苦しむ状況を生々しく映し出したドキュメンタリーである。この作品を特徴付けているのは、なみさん自らが顔出しを選び、広く社会に理解を求めている点にある。そのことによって、これまで放送において扱われづらかったフラッシュバックや「性の上書き」に苦しむ様子がリアリティを伴って表現される一方、ネット時代に放映することで、本人や家族の人権侵害につながるのではないか、あるいはあまりに衝撃的なシーンが続くゆえに、逆に真実相当性が問われるのではといったジレンマも指摘される。



1. 中京テレビ報道部 横尾亮太氏、森葉月氏からの報告
本研究会ではまず、こうした一般的な視聴者の反応や疑問に答えるように、制作者である中京テレビ報道部 横尾亮太氏、森葉月氏から、取材・制作の流れ、また被害者である取材対象との距離感をめぐって生じた課題などが説明された。さらに、そしてこの番組の放送にあたって社内で検討、作成された報道方針について紹介された。番組テーマの明確化や顔出しの理由、真実相当性や被害者・加害者(家族)をまもるための映像処理、放送をめぐるリスクなどについて、専門家、法曹関係者間で検討し、8項目にわたる「報道方針」として設定した上で放送に踏み切ったという。また直接取材に当たった森氏は、不安定ななみさんに始終寄り添い、真夜中の連絡などにも対応しながら取材に当たったが、従来適切とされる距離感を踏み越えることでしか伝えられない報道というものがあるのではないかと問題提起された。

2. ジャーナリスト(元朝日新聞)河原理子氏からの報告
『がらくた』で映し出されるなみさんの様子は、長年性暴力被害者を取材してきた河原氏から見て腑に落ちるものであり、状況が映像で表現されることで文章だけでは表現しがたいリアリティがもたらされていると評価された。社会的に性暴力をめぐる理解が進まない理由として、性教育の貧困や、圧倒的な男社会である報道・法曹界において被害が身近でなかったことがある。それに加え、この映像で映し出されるような現実の被害者の行動が、視聴者に信じられないというネガティブな反応をもたらすのは、世間が想定する「被害者らしさ」のステレオタイプとは異なるからではないかと指摘された。一般に見えにくくわかりづらい問題、長年にわたって日常化された異常性を一般の人びとに理解してもらい、アジェンダ・セッティングをしていくには、表現を工夫する必要があるとの問題提起もなされた。また、取材をめぐって記者の理解を深めるために、被害当事者と記者たちで性暴力被害取材ガイドブックが作成されていること(https://siab.jp/news/2150?doing_wp_cron=1618208492.3506770133972167968750)も紹介された。

3. ディスカッション
参加者からは、ジャーナリズムが掲げてきた客観性や中立性との齟齬、ジャーナリストと取材対象との距離の近さがもたらす課題について質問が数多く寄せられた。また、河原氏の問題提起を受け、事情を理解していない一般視聴者に対し、ステレオタイプとは異なる当事者の現状を伝える上での映像上のテクニックや、「わかりやすさ」をメディアが追求する際の陥穽についても、研究者やメディアの現場からコメントが寄せられた。また、加害者・被害者の人間関係の扱い方、なみさんの母親が有する被害者性についての指摘もあった。

以上の議論から見えてくるように、これまで十分報じられてこなかった問題を映像化した『がらくた』は、数々の試行錯誤を経て、今後の放送ジャーナリズムのあり方に根源的な問いを投げかけた。ジャーナリズムの根幹をなすとされてきた客観性や中立性の再検討。実名報道の意義と課題。声を上げることを戸惑う弱者の声をどのように拾い上げ、守り、そして、誹謗中傷が絶えない社会に対し、いかにアジェンダセッティングできるのか。報道方針の設定やガイドブックの作成といった新たな手法の可能性とは? 

この番組の論点は複数に渡り、時間の制約もあって十分な議論を尽くすことはできなかった。しかし、提起された数々の問いに対し、今後も研究者や報道の現場をつなぎ、検討を続けていく必要性を確認して研究会を終えた。